大判例

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仙台高等裁判所秋田支部 昭和53年(う)10号 判決 1978年6月13日

被告人 明石萬助 外二名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

理由

一、本件控訴の趣意は、被告人らの弁護人高橋易男提出の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

所論は要するに、大館比内森林組合の総代会において、昭和五二年七月一〇日に施行される参議院議員通常選挙に際し全国区から立候補した片山正英を推せんする旨の決議がなされたので、同組合の役員である被告人明石及び桜庭が、その決議事項を各組合員に通知するため、「お知らせ」と題する文書を組合の連絡員に一括配布した所為及び被告人桜庭が同趣旨で同じ文書を被告人安部にあて一括して届けさせた所為並びに被告人安部が同趣旨で大館比内森林組合の下部組織である白沢生産森林組合の連絡員に同文書を一括配布した所為について、原判決は、いずれも公職選挙法一四六条一項に定める脱法文書の頒布に当ると認定した。しかし、被告人らは、各組合員に配布するため、右文書を組合の機関である連絡員に一括交付したのに過ぎないから、同条の頒布がなされたとはいまだいえないし、総代会の決議事項を各組合員に通知することは組合業務を執行する者の当然なすべき事務であって、選挙運動ではなく、被告人らの所為は同条に定める文書頒布罪を構成しない。原判決には事実を誤認し法令の解釈を誤つた違法があり、破棄されるべきである、というのである。

二、しかしながら、記録を調査すると原判示の各事実がそのとおり認められ、これが公職選挙法二四三条五号、一四六条一項に当ることは原判決が「弁護人の主張に対する判断」として判示するとおりであつて、原判決に所論の事実誤認や法令解釈の誤りがあるとは認められない。すなわち、原審取調べの各証拠によると、

(一)  大館比内森林組合は、大館市及び比内町の森林所有者約二〇〇〇名を組合員とし、森林施業の合理化及び森林生産力の増進並びにその経済的社会的地位の向上を図ることを目的として、森林法に準拠し設立された森林組合で、役員として組合長、副組合長、専務理事各一名を含む一四名の理事と三名の監事が選任されて組合事務を執行し、総会に代わる議決機関として総代会が設けられ、総代の定数は二〇〇名で、同組合規約により右総代のうち約七五名が組合事業執行のための協力組織として連絡員に任命されており、被告人明石は、昭和五一年四月から同組合の組合長理事(非常勤)に、同桜庭は、昭和四八年から同組合の専務理事(常勤)に、被告人安部は、昭和五一年六月から同組合の監事にそれぞれ就任し、なお、被告人安部は、右のほか大館市矢立地区生産森林組合連絡協議会の幹事長及び同区内白沢生産森林組合の組合長代行理事を務め、同地区内の各生産森林組合の組合員は、殆んど大館比内森林組合の組合員でもある関係から、右各生産森林組合は事実上大館比内森林組合の下部的組織となつていること。

(二)  昭和五二年七月一〇日に施行された参議院議員通常選挙に全国区から立候補して当選した自由民主党所属の片山正英は、東北出身で、農林省林野庁長官を経て政界に入り、農林政務次官を務めたこともあつて、森林行政にくわしいことから、東北地方の森林組合関係者や木材関係業者の支持が多く、被告人らも森林組合の役員としてかねてから同候補を支持していたが、昭和五一年一二月か翌五二年二月に大館比内森林組合の上部団体である秋田県森林組合連合会において開催された全県森林組合長会議に被告人明石が出席したところ、その席上で片山正英を参議院選挙に同連合会として推せんする旨の緊急動議が出されて採決となり、同年三月ころ同候補の支援団体から同被告人に対し、片山正英後援会の世話人に委嘱する旨の文書と同人の支援活動を依頼する旨の文書が郵送され、同月末、同被告人が出席した大館市地区における片山候補支援団体連絡会議において、被告人明石は、同地区内森林組合関係の運動責任者と指定された。

(三)、被告人明石は、右の経緯から自己が組合長である大館比内森林組合を母体として片山正英の選挙運動を展開することを考え、昭和五二年五月一九日ころ被告人桜庭に対し、同月二四日に開催される同組合の第六回通常総代会において、総代の誰れかから片山正英推せんの緊急動議を提案して貰い採決に至るようその段取りを依頼し、その意を受けた被告人桜庭の手配の結果、一〇五名が出席した右総代会において、予定どおり総代阿部勇の提案した片山正英推せんの緊急動議が採決された。一方、被告人明石は、「片山正英励ます会入会のおすすめ」と題する文書を作つて組合員に配布しようと考え、選挙の公示も近づいた同年六月一〇日ころ、その文案を作成のうえ、被告人桜庭に対しまず組合総代に配布するよう依頼したが、その配布の可否について相談した大館警察署より事前運動の疑いもあり自粛するよう勧告されたため、総代のうち五七名に配布したのみで、同文書は他の総代や組合員に配布できずに終つた。

(四)、このようにしているうちに、昭和五二年六月一七日に参議院議員通常選挙が同年七月一〇日施行される旨の告示がなされ、その選挙運動期間に入つたが、被告人明石は、片山候補が苦戦であるとの情報もあり、先きの片山推せん決議の際欠席した総代に、組合の総代会で片山候補推せん決議のあつた旨の文書を配布しようと考え、六月二四日ころ、被告人桜庭と相談のうえ、「お知らせ」と題し、「温暖の候総代の皆さまには、常日頃何かと格段の御協力賜り厚く御礼申し上げます。ついては去る五月二四日開催されました第六回通常総代会に於て緊急動議が提案されまして、来る七月一〇日施行されます参議院議員全国区選出に立候補しました元農林政務次官片山正英を満場一致で推薦されましたことをお知らせ致します。御承知のことと存じますが、片山正英氏は林野庁長官を長らく在職し、先には農林政務次官を歴任し、農山村振興に真剣に取り組んで居る将来を宿望される立派な政治家でありますことを付け加えて申し添えます。大館比内森林組合組合長理事明石萬助」と記載した縦約一八センチメートル横約二五・五センチメートルの文書を作成し、被告人桜庭において、これを同月二七日ころ前示「片山正英励ます会入会のおすすめ」を送付することのできなかつた総代のうち五〇名に郵送配布した。

(五)、しかし、被告人明石は、前示のような情報もあり、総代会で片山候補推せんの決議をしたことやこの決議をした旨の文書を一部の総代に郵送したのみでは、その意図するところが各組合員に直接伝わらないことから、同年七月一日に開催される同組合連絡員の会議の場において、前示「お知らせ」と同旨の文書を多数配布し、これを各連絡員を通じその担当地区内の各組合員に配布しようと考え、六月二八日頃、被告人桜庭と相談のうえ、前示「お知らせ」の冒頭宛名部分を「初夏の候組合員の皆さま」と訂正し、さらに同文書の左肩に片山正英候補の上半身の写真を入れたほか、内容同一の「お知らせ」と題する文書を作成配布することとし、被告人桜庭において組合職員に命じ右文書のコピーを作成させ他の会議用書類とともに連絡員会議の会場で配布せしめたが、被告人桜庭が「お知らせ」一二〇〇枚を作成配布するよう命じたのに職員において連絡員の欠席を見越し約五〇〇枚作成したのみであつたので、これが結局原判示第一(一)のとおり出席した三六名の連絡員に配布され、なお会議の席上被告人桜庭において、片山候補推せんの趣旨を説明し、各組合員への配布につき協力を依頼した。

(六)、被告人安部は、大館比内森林組合の監事として右連絡員会議に出席し、「お知らせ」の配布は受けなかつたが、白沢部落の連絡員笹島信一に代わりこれを配布してやろうと思い、同人から封筒入りの配布資料を受取つたところ、同人に配布された前示の「お知らせ」は僅か二〇枚きりなく、組合員は、白沢部落だけでも一四七名、同被告人が幹事長をしている矢立地区の組合員は右を含め五七五名であるので、七月二日組合事務所にいる被告人桜庭にその旨電話して、矢立地区の組合員に配布すべき「お知らせ」の不足分として四〇〇枚を至急送付するよう依頼したところ、被告人桜庭は、その意を受け直ちに組合職員に前記「お知らせ」四〇五枚を作成させて、原判示第一(二)のとおり同日これを被告人安部に届けさせ、これを受取つた被告人安部は前示の二〇枚を合せ、同日から同月五日にかけ原判示第二のとおり、そのうち四二三枚を大館市民体育館で開催された自由民主党の演説会会場などで矢立地区の生産森林組合の連絡員やその家族など一一名にこれを配布したことが認められる。

三、ところで所論は、被告人らは、大館比内森林組合の役員として組合総代会の決議した事項を各組合員に通知するため本件文書を配布したもので選挙運動としてこれを配布したものではない旨主張するが、前認定の総代会の議決から本件配布に至る経緯及び本件文書の内容や、組合員約二〇〇〇名のうち配布しようとしたのはその一部であること、大館比内森林組合において、総代会の議決事項を各組合員に通知するため文書を配布したことはこれまで一度もなく、特に五月二四日の総代会においては、同組合の五一年度事業報告をはじめ五二年度の組合員に対する貸付金の件など一二件の重要議案が議決されているのに、本件において組合員に配布しようとした文書は前示の片山候補推せんに関する「お知らせ」のみで、他の議決事項については全く触れていないことなど記録上認められる諸事情を総合すれば、本件参議院議員選挙に際し、被告人らが片山正英に投票を得させるための選挙運動として、公職選挙法一四二条の禁止を免れるべく、本件文書を配布したことは認めるに十分であり、このことは被告人らの司法警察員及び検察官に対する各供述調書によつても認められるところである。また所論は、本件文書の配布は、被告人らにおいて各組合員に配布すべく、組合の機関である連絡員に一括交付したのに過ぎないから、同法一四六条一項にいう頒布の準備行為であつて頒布の既遂とはいえないと主張するが、原判示第一(一)及び第二は、すでに認定のとおり組合連絡員等多数の者に本件文書を配布したもので、その際の被告人らの意思が各連絡員を通じ各組合員に配布することにあつたとはいえ、右各連絡員等多数の者に本件文書を配布したこと自体が同法一四六条一項に定める脱法文書の頒布に当ることはいうまでもないし、原判示第一(二)は、被告人桜庭において、被告人安部に対し前示「お知らせ」四〇五枚を一括交付したものではあるが、前認定の連絡員会議における本件文書の配布状況やその後被告人安部が電話で被告人桜庭に不足分として至急届けるよう依頼して即日届けさせ、同日から原判示のとおりこれを配布した状況を総合判断すれば、被告人桜庭の同安部に対する一括交付行為も、同人を通じ当然の成り行きとして多数の者に配布される状況の下におき、現にそのように配布されるに至つたのであるから、被告人安部に対する本件文書の一括交付自体をもつて公職選挙法一四六条一項の頒布に当るものと解するのが相当である。

四、以上のとおり、原判決には所論の事実誤認も法令解釈の誤りも認められず、論旨は理由がないから、刑訴法三九六条により本件控訴をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 野口喜藏 吉本俊雄 西村尤克)

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